指導要領に問題ないと反論 天文知識崩壊で文科省
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040922-00000230-kyodo-soci

「「天動説」の小学生4割」に関しての記事です。もう、おっしゃるとおり。毎度のことながら、学校教育に関して専門家は自分の専門にやたら辛いです。小学四年生で六割の児童が「地動説」を理解しているっていうのだから、すごいじゃないですか。というか、本当に理解しているのか。問題に大人が納得する解答ができただけでは。そして、そういう記述的知識は家庭で教育すれば良いじゃないですか。それだってすごいことですよ。人類は「地動説」を認めるまでに数千年(西暦1500年頃まで)かかっているわけですし、「地動説」を理解するためにはさらに年月が必要でした。

それをいまでは「ほら、東から太陽は昇るんだよ」とか「正しいこと」として教えれるのですよ、ああ、すごい。それに「太陽が昇る方角が東なのじゃないかな?」とか、「これまで太陽は東から昇ってきたけど、明日もまた太陽が東から昇る根拠はあると思う?」とか、素直な疑問で哲学の扉を叩くわけです。なににせよ、そういう「地動説」みたいな「常識的じゃないこと」を理解(それも体系的に)するのにはもっと高学年にならなきゃ無理だと思います。もちろん全般的な話です。理解できる子どもも大勢いるでしょう。ただ、学校教育っていうのは公教育ですから、成績上位者を飽きさせない工夫をしながらも、当然、落ちこぼれをださないために成績下位者に授業の基準を設定する必要がありますね。早い話が、勉強のできる子は手をかけないでも勉強はできるわけです。

さらにいうと、大人でも天文や気象の知識をしっかり理解していて説明できる人って少ないですよ。なかなか、そういう自分たちの理解し辛いところを子どもに託しすぎてもね、気持ち悪いです。自分の知っているところだけ、あるいは逆にそれ以上の知識を「常識」として子どもたちに要求してしまっているところはないでしょうか。まあ、要求するのは良いと思いますけど、それに子どもたちが応えられないからって文句を言うのは「大人気ない」ですね。そうしてさ、子どもの知識が増えたら増えたで、最近の子どもは外で遊ばないからなんとかとか、頭でっかちでなんとかとかそういう論調がでちゃったりするわけですね。子どもに見られても恥ずかしいところのない生活を大人が送ること、それがもっとも教育的ではないですか。大人が楽しそうにしていれば、子どももそうなりたいと思うでしょう。「学ぶ」は「真似ぶ」なんていいますしね。